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我が家の定番タオルはゴールドパール となれるよう、一枚一枚ていねいに思いを込めて作り上げています。田中産業株式会社・代表取締役社長の田中良史さん(左)と営業部の村上友理さん(右)。

天皇・皇后両陛下を迎えた本社屋の玄関は今でも当時と変わらない面影を湛える。

今から40年以上前、昭和天皇陛下行幸の際にお手植えされた松の木。

昭和天皇が行幸されたタオルメーカー。

1966年(昭和41年)4月18日、昭和天皇が今治市をご訪問されましたが、その際に行幸の栄誉に浴した2つのタオルメーカーのうちのひとつが田中産業株式会社でした。
「実はこの本社屋は昭和天皇・皇后両陛下が弊社にいらっしゃるということが決まり、初代が建てたものなんです。」
と言う四代目・田中良史社長から話を伺ったのは、大変恐れ多いことに、そのときに両陛下をお迎えするためにしつらえたという応接室。今から40年以上前の当時と変わることなく、良質のタオル作りと今治タオルの発展に対して、一身を捧げてきたという同社の凛とした姿勢が満ち、上質な時の流れを感じさせる本社ビルの空間です。

田中産業の創業は1932年(昭和7年)。現在の良史社長の曽祖父にあたる田中良太氏が、韓国で呉服商として成功を収めた後に故郷・今治に戻り、タオル製造を始めました。事業に対して非常に先見の明があった初代は、他社に先駆け工場設備の近代化にも積極的に取り組みます。当時業界では、顧客の要望に合わせてどんな種類・幅のタオルでも作ることが常識だったものを、「全機種を85インチの広幅に統一」した織機を導入。他社がこの決断に驚く中で、同社が開発したタオルケットが寝具市場で爆発的な売れ行きを見せていきました。

今治タオル発展のために奔走。

当代である田中良史社長も、家業だけでなく今治タオルブランドのためにも忙しい日々を送る。

また、創業者・良太氏は、自社だけでなく今治タオル業界全体の発展のため、業界組合の設立や織機の登録制度などに尽力し、さらに現在の愛媛県立繊維産業技術センターの敷地として個人所有の土地2,000坪を寄付するなど、今治タオル産業に非常に貢献したことで知られる人物となりました。
「今治タオルのメーカー同士はもちろんライバルでもありますが、曽祖父の頃からずっと、ほどよい距離感がある中で、お互いに協力しあい、助け合って一緒に今治タオルを発展させよう、という強い気概というか、“ism”があるんです。6年前から取り組んでいる、世界的グラフィックデザイナーの佐藤可士和さんによる一連のブランディングもその精神が成功させたことです。」
こう話す良史社長だが、代々田中家の血を引く彼こそもこの今治タオルブランディングプロジェクトの中心人物であり、四国タオル工業組合の理事として、家業だけでなく業界全体に関わることでも多忙を極めています。

ゴールドパールに込めた思い。

「ゴールドパール」では、肌がデリケートな赤ちゃんのための商品もラインナップ。

田中産業は今治のタオルメーカーとしてはいち早く、1951年(昭和26年)に自社ブランド名「GOLDPEARL(ゴールドパール)」を商標登録しました。
創業時から変わらないのは、毎日使って毎日肌に触れるタオルだから、安心・安全なタオルをお届けしたい―ということ…。だからこそ1枚1枚のタオルを誠心誠意、真心を込めて作り続けており、その思いの象徴としてのブランド名なのだそうです。
「現代はライフスタイルも様々です。日々の生活のこまごまとしたことにも上質なものを求めて、そこに価値を見出し、お金をかける方もたくさんいらっしゃいます。ですから、タオルにもこだわろう、というときにこそ選んでいただけるブランドでありたい、という強く思っているんですよ。『我が家のタオルの定番は“ゴールドパール”で、代々ずっとこのタオルを使っています。』と言っていただけたら本当に嬉しいですね。」

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